●鉄道事故と施設賠償責任保険の取扱について(05年5月9日)
 (1)鉄道業者が付保する「施設賠償責任保険の鉄道(軌道)業者特約条項」における、一般的な保険金額の設定等について
 ▽通常の賠償責任保険と同様、基本的に対人(身体賠償)1名につき○億円・1事故につき○○億円、対物(財物賠償)1事故につき○○億円、年間契約で鉄道業者の管内路線を包括して○○○億円といった形で保険金額を設定します(免責金額を設定するケースもあります)。
 JRのような大規模鉄道業者の場合は、1事故の対人賠償の損害と対物賠償の損害を合算して共通のてん補限度額(コンバインド・シングル・リミット)を設定する方法が一般的です。大規模鉄道業者の場合は対人・対物賠償合わせ最大で数百億円規模のてん補限度額を設定しているものと思われます。JR西日本の個別の契約内容については、契約先の保険会社には契約の守秘義務があるのでJR側が公表しない限り、契約内容は確認できません。これまでの例から、あえて事業規模などで一般論で類推するなら、JR各社は共同保険(複数の損保会社がシェア分担して引き受ける)の形で、施設賠償責任保険の鉄道業者特約を、1事故につき対人・対物共通てん補限度額を在来線路線で100億円程度、乗客数の多い新幹線路線で300億円程度の契約をしているのではないかと思われます。
 通常、賠償責任保険では乗客や第三者が被った「身体傷害」と「財物損壊」の両方が補償対象となります。今回のマンションの損害は居住者の一時避難費用を含め事故による第三者の「財物損壊」に該当し、鉄道業者の賠償責任保険の補償対象となります。
▽なお、家庭用自動車保険の対人・対物賠償保険のような「1事故無制限」という保険金額の設定は通常ありません。
(2)鉄道事故の賠償額の算定について
 航空機のような一律の国際補償協定はありません。民法上の損害賠償額を補償するため、年齢・収入等により乗客個別に賠償額を算定します。特に被害者が将来得られるであろう収入が得られなかったことによる経済的損害を算定する逸失利益は、収入や、年齢(就労可能年数)によって算定されるため、乗客個別の年齢・収入等の事情によって異なります。したがって、乗客個別に賠償額が算定されることになります。
(3)JR西日本の事故について
 事故原因が特定されたら、加害者と被害者間で賠償交渉が行われることになります。鉄道事故は、航空機事故のように国際協定の補償基準がないため、被害者個別の年齢・収入などで賠償額を算定することとなり、乗客らはJR西日本側と個別に賠償交渉の場に立たされることになります。今後、被害者・遺家族が団結して賠償交渉を行うことになると思われますが、乗客・マンション住人を含めて多数の人の賠償額算定には長期間を要するものと思われます。賠償額の算定や賠償交渉は過去の信楽鉄道事故など先例を踏まえて行われるでしょう。
 被害者の中には、当面の生活に困窮する人も出てくる懸念もあり、賠償額が確定するまでの間の治療費の仮払いへの対応や諸々の生活支援策を急ぐ必要があります。
 なお、今回の事故固有の賠償問題として考えられるのは、電車が突っ込んだマンションの駆体が構造的に住める状態であっても、居住者が精神的苦痛を理由に新居への移転を求めた場合、その費用をJRが賠償するかどうかという点です。通常は一時避難費用の賠償までで、大勢の住人が精神的苦痛を理由に転居するために要する費用(新しいマンションの購入費用など)を賠償するような事例は、過去の鉄道事故の賠償例は見られないのではないかと思われます。この点がJR西日本とマンション住民との賠償交渉の大きな争点になるでしょう。
 また次に、JRが新居費用などを賠償した場合、損保の賠償責任保険では一時避難の費用の補償が一般的であり、新居移転に要する費用が賠償責任保険の支払対象になるかどうかについては、賠償額確定後、JR西日本が保険金請求する団塊において保険会社とJR西日本間においての争点となる可能性があります。

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