●契約者は「ノー」の意思表示を〜金融庁による生保利下げ法案検討への意見(03年1月30日)
 <超低金利で長引く生保不安>
 現在、主要生保会社の保有契約の平均予定利率は3%台後半〜4%台(保有契約の予定利率が1%台に引き下げられた破綻・更生会社除く。96年開業の損保系生保会社は2%台)で、運用利回りは2%前後です。このように運用実績が予定利率をまかなえない状態のことを「逆ざや(利差損)」といいます。この利差損を費差益・死差益で埋めてなお、生保会社は多額の基礎利益を出しているものの、逆ざやの負担が生保会社の経営を大きく圧迫していることは確かです。これまで資産で負債(そのほとんどは責任準備金)がまかなえない債務超過によりすでに7社が破綻しました。 平成9年4月の旧日産生命(現あおば生命)の破綻以降、ほぼ毎年のように生保会社の破綻が続き、平成12年10月の旧協栄生命(現ジブラルタ生命)の破綻まで、資産規模の小さい会社から段々大きな会社へと生保の破綻連鎖が拡大し、現状は超低金利政策の長期化、株安により生保会社は第2次世界大戦直後の生保危機以来の厳しい「生保不安」の局面を迎えています。

 <生保会社を救済するには>

 平成13年3月期決算から、生保会社の経営早期是正措置の一環として、金融庁が新しい将来収支分析基準(日本アクチュアリー会策定)でモニタリングを実施(非公開)していますが、生保会社の運用環境は一段と厳しい状況にあります。
 ちなみに、生保会社の逆ざやを解消して破綻前に救済するには、主に2つの方法が考えられます。1つは、国が生保会社専用に保有契約の予定利率と同じ利回りの国債を発行すること。生保会社が本音で望んでいるのはこの方法で、どの保険会社の逆ざやも解消し、破綻しないから契約者も保護できるし、銀行が保険会社に貸し込んだお金も破綻による債権放棄を免れることができるので、銀行の経営も守れることになります。しかし、これは国の財政負担を伴うもので、結局、国民負担の形になります。国民の生活保障は大事だけれど、銀行のように決済機能がなく国民大多数のいまの暮らしに直接影響しない生保会社を救済するために、国の財政つまり国民負担を強いることができるのか、国民の合意が得られるのかという、まず前提としての大きな問題点があります。いわずもがな現在の財政状況では現実論には成りえません。
 もう1つの方法は、保有する既契約の予定利率を逆ざやが発生しない水準まで引き下げる方法です。契約者に約束した予定利率を反古にして引き下げた場合、@約束した保険金額を削減するか、A割引率の引き下げによって不足した分の保険料を追徴するか、の二つの選択肢があります。現実問題として、すんなり追徴に応じる契約者はほとんどいないだろうから、保険金を削減する方法が考えられます。既契約の予定利率を変更する方法は当該保険会社の契約者に自己負担を強いるものですが、前記@と国民負担と違って、所定の法律を整備し当該保険会社の契約者集団の納得があれば実行可能で、民間企業における自助努力の範囲内の方策と言えないこともありません。

 <生保会社の信義則にもとる行為>
金融庁は一昨年、現状を「生保危機」と捉え、金融審議会で既契約の予定利率引き下げ措置の導入の是非について議論されました。主に重い逆ざや負担に苦しむ国内相互会社生保の救済を前提に、相互会社の社員(契約者)自治の原則による保険金削減規定(旧保険業法46条)の復活をめぐって議論されましたが、保険金削減を目的とした社員総代会を開催しようとすれば、その保険会社の解約騒動は不可避であり、もとより社員(契約者)の同意も得られないので実効性が望めないこと。加入時に相互会社についての説明がなく、社員の認識を持っていない契約者に社員の責任を強いることはできないこと。すでにこれらの議論を尽くしたうえで、96年の保険業法大改正で当該条文が削除されていること、などから見送られました。
 実はこの時点ですでに、更生特例法による破綻処理で中堅生保2社に貸し込んだ銀行の資金が債権放棄となったことから、銀行にとっては法律的な担保(事前利下げによる破綻回避策)がなければ、新たな劣後ローン供与、基金への拠出に応じられない(銀行が株主訴訟にさらされる)こと、政府・金融庁にとっては大手生保の破綻となれば資本持合関係にある生保・銀行共倒れの懸念があり、「生保危機」というより「金融危機」を回避したいという本音があったもので、契約者の負担軽減の観点での法整備というのは建前に過ぎないと言えます。
 生保会社には確かに超長期にわたる負債(責任準備金)運用という特殊性があるにせよ、多額の基礎利益を生み出している現状において、消費者・契約者は保険契約の約束を反故にするような生保会社の信義則にもとる行為を看過すべきではありません。特定の保険会社の破綻懸念が払拭できないにせよ、護送船団行政から自由化行政に転換した今日、あくまでも各保険会社の自己責任で経営努力すべきです。一部にすでに政府の必然的な既成方針であるかのような報道も見られる中、今国会上程に向けて、銀行、破綻と無縁なごく一部の大手生保会社の意を体した過去の護送船団行政の亡霊のような一部自民党議員、金融庁幹部、さらにこれらの意を体した一部の報道機関はしゃにむに実行不可能な生保・銀行への徳政令的な立法措置を講じようとしています。
国会提案が実現する可能性は3、4割程度の確率と思われますが、消費者・契約者は「どこの誰が賛成しているのか」をしっかりとウオッチし、この際、保険購買を含むあらゆる行動を通して、明確に「ノー」の意思表示をすべきでしょう。

 <最近の保険業法改正の推移>
▽96年4月(7年前):自由化の枠組み。SM比率、生損保相互参入、破綻に備えた安全ネット構築(当初は契約者保護基金→現在は契約者保護機構)。
▽00年5月:早期の破綻処理スキーム(更生特例法=資産劣化を防ぐため裁判所の権限による早期破綻処理)。更生にあたって銀行側の劣後ローンなど貸し出し債権放棄 。
▽03年3月改正案国会提案予定(報道ベース):破綻前予定利率引き下げ措置導入。利率下げ、リストラ、役員退任、経営統合などを骨子とする健全化計画を金融庁に申請または同庁が申請を促す。申請受理後、解約業務停止措置。第三者機関(保険調査人制度)で同計画を審査。引き下げ下限を設定(下限は3%程度を目安=この場合、引き下げ対象は平成8年3月末までの契約3.75%以上。4月以降契約は2.75%以下は引き下げ対象外)。健全化計画は相互会社の場合、社員総代会で4分の3以上の賛成で決議。契約者に通知後、異議申立期間(約1ヵ月)設定(引き下げ対象契約の1割以上の異議申し立てがあれば計画撤回)。

  <今回の予定利率引き下げ措置導入についての問題点>
 ▼〈結論〉政府による「失われた10年」のデフレ・超低金利の経済運営の失政を繕うもので、失政の契約者へのつけ回し以外のなにものでもない。本措置はいわば事前破綻処理のような「あり得ない」行政介入のアイデア。結局、ごく特定・少数の危ない保険会社の破綻前に利率を下げておき、破綻させないことで資産劣化を防止し、破綻前に他の保険会社への統合や株転後の売却を容易にするのが狙いで、利下げ措置と他の保険会社との統合や株転・売却計画と抱き合わせになるもの。生きている形を保つことで、破綻後の更生特例法適用により劣後ローンや基金拠出など銀行が保険会社に貸し込んだ資金が債権放棄されるのを防ぐことができ、生保・銀行の共倒れが防止できる。契約者の負担軽減を名分としているが、実際は特定の生保会社を救済することを目的としつつ、本音は特定の銀行救済が本措置の狙いであることは疑う余地もない。
 
 ▼問題点@:実効が期待できず、危ない保険会社の自力復興が望めないこと。
 仮に無理して破綻前利下げを立法化したとしても、特定の保険会社契約者の不安感を煽り、マイナスのアナウンス効果で申請事前の解約を急増させ、破綻を急がせるだけの結果となる。どの保険会社も破綻直前まで自発的には申請しないから、ブランド力のある他社との合併・統合による救済の道筋が出来上がっている保険会社が、破綻直前に半ば強制的な金融庁の申請指導により利下げ申請を行う机上の救済スキームが考えられないではない。しかし、総代会、異議申し立て期間において、多くの契約者の反発が容易に予想されるから、健全化計画における合併・統合の話もまとまらない可能性が高い。
 もし、利下げ申請会社において、引き下げ対象契約の解約が一定期間停止され、引き下げ対象外の契約がそのまま継続されたとしても、契約内容を反古にするような保険会社の信頼は著しく失墜する。格付け会社も利下げを申請すれば債務不履行でデフォルト扱いとするとすでに表明している。よって、社会的な信頼が失墜した申請保険会社は以降、新契約の獲得が困難になるので、当面の破綻を回避できたとしても、あおば生命(旧日産生命の契約保全会社)のように既契約の維持管理を行う保全会社になる可能性が高い。この場合、新契約収入が途絶することとなり、期間収益(フロー収益)が急減する。また、現在の生保会社の一般勘定運用利回りが2%前後の水準であることから、仮に引き下げ下限が3%に設定された場合、引き下げられた契約(おそらく保有契約全体の5割以上を占めると推定される)についても引き続き逆ざやが発生するから、保全会社の経営も今後の景気回復→長期金利水準の回復を神頼みするしかない。利下げ後、契約保全会社として合併、売却交渉がうまく進めば良いが、そうでない場合はさらなる超低金利の長期化によって2次ロスの発生も懸念され、当面は保全会社として存続できても低い予定利率の新契約が増えない以上、将来にわたって破綻懸念が解消するものでない。もし、利率引き下げ後に破綻すれば、その時点でさらなる責任準備金カット、予定利率引き下げもあり得るわけで、そうなれば契約者にとっては最悪の結果になる。
 
 ▼問題点A:何より、救済立法目的の当事者となる多額の逆ざやを抱えた生保会社自身が本措置導入に反対し、ないしは既契約の予定利率引き下げを行わない旨表明していること。よって立法趣旨が成立しない。本措置は民業への徳政令的な過剰な政治介入であり、1社も破綻させないという金融庁による護送船団行政への回帰に他ならない。保険契約の約束を果たすことで生保会社への社会的な信頼が成立しており、破綻もしていないのに約束を反故にすれば生保産業の存在価値が失われ、生保離れが進み、逆ざやが発生していない健全な保険会社も含めて生保業界全体が大きな打撃を受けることになり、健全な生保会社の健全性すら損なわれる結果を招来する。

 ▼問題点B:経営上逆ざやが負担となっているの国内生保会社は、経営規模は大きいものの、特定・少数の国内保険会社であって、これら逆ざやを抱えている保険会社においても逆ざやを穴埋めしてなお多額の基礎利益を生んでいること。内外社含め多くの生保会社では現状において健全な経営が行われており、利下げの必要性が認められないこと。戦後の適用事例(※下記)に照らして、現状は多くの保険会社にとって救済が必要なほど非常時とは言えない。

 ▼問題点C:これまで生保7社が破綻したが、特定の保険会社とその契約者の保護のためだけに利下げを認めると、契約者保護制度の公平性・一貫性において大きな瑕疵が生ずる。仮に過去の破綻会社における条件変更の内容より、事前利下げの水準が当該会社の契約者のほうが有利になると、契約者保護の上から不公平が生じること。従業員の雇用・待遇面においても破綻会社と事前利下げによる救済会社とでは不公平が生じる。法益の不均衡を招来する立法措置があってはならない。

 ▼問題点D:法理論上の問題があり、契約者保護(安全ネット)法制の一貫性に欠けること。よって行政・保険会社に対する大量の提訴が予想されること。
 戦後の混乱期における行政命令による条件変更事例(※下記)においても、「財産権の侵害」などをめぐり最高裁まで争われた経緯がある。これとて戦後の危機的な社会情勢が考量されて初めて被告保険会社勝訴となったものであり、法理論的には見解が別れた判例である。
 最近では、すでに逆ざや懸念が取り沙汰されていた96年の新保険業法施行に際して、法理論的な議論を尽くしたうえで、行政命令による条件変更(旧10条3項)は憲法上の財産権の侵害にあたる懸念が払拭できないこと、旧46条の社員自治による条件変更についても、相互会社の契約者=社員といえども現実には相互会社の社員責任についての説明を受けておらず、契約者は株式会社の保険会社の客と同じ認識で保険加入していることから、いずれも実効性が無いものとして削除されたもの。
 保険会社の経営危機対応制度に関しては、96年の業法大改正でソルベンシーマージン比率の導入、契約者保護基金の創設、98年の契約者保護機構の発足、99年の早期是正措置導入、2000年の更生特例法による破綻処理開始など、事前・事後の法整備と対策が措置され、2001年の日本アクチュアリー会による将来収支分析基準によるトリガー策定と逐年整備され、現在は更生特例法による迅速な会社更生を行うルールが定着しつつあるところである。これらの対策により、従来の破綻処理に比べ、最近では旧東京生命の事例のように破綻会社契約者の負担軽減が図られつつある。銀行救済を本旨に、これまでの法整備の経緯を巻き戻すような議論を再燃すべきでない。一昨年の金融審議会でも、上記の諸問題を勘案して破綻前利下げが見送られたばかりである。直近の破綻会社の事例でも、更生特例法による迅速な破綻処理でその後順調に更生途上にある外資系保険会社の場合、特別配当で既契約者の保険金削減の補填が実行される見通しにある。破綻会社が出れば現行スキームで迅速に更生させればいいだけの話である。
 逆ざやを埋めて基礎利益が出ている会社に対して、利下げを認めるような措置を講ずれば戦後間もなくの時代とは違って、行政や保険会社に対する大量の訴訟が提起されるだろう。

  <※過去の予定利率引き下げ事例>
第2次大戦中の戦争保険金支払で生保会社の経営は疲弊し、大戦直後は在外資産の喪失、軍需補償の打ち切りのほか、通貨乱発によるハイパーインフレで事業費の暴騰、保有契約の実質価値の急減に見舞われ、かつ新契約の激減により生保会社の収支バランスは崩壊の危機に直面した。保険経理面で、保険料収入・運用収入が激減する一方、保険金支払が増加し、現金操作にも逼迫し、全社の経営状況が行き詰まった。こうした危機的状況に対応して、政府は金融緊急措置令、物価統制令の発布等の非常時対策を逐次講じたが、生保会社は昭和21年4月予定死亡率、予定利率、予定事業費率を改定し、標準保険料率を設定、4月以降の新契約に適用した。しかし、事態が一層悪化したため、さらに維持費を引き上げた暫定保険料を11月以降の新契約に適用する一方、保険業法10条に基づく大蔵省の行政処分として12月以降払込期日が到来する既契約にも全社連合で公告のうえ遡及適用した。さらに、抜本的な経営再建のため、金融機関再建整備法に基づき大部分の生保会社が旧会社を精算し、第2会社(相互会社)を設立して再スタートを切った経緯がある。
 ちなみに、この暫定保険料の既契約への遡及適用(保険料引き上げ)について、22年7月明治生命の契約者・岡村玄治氏から料率引き上げ無効の訴え(@保険料値上げの処分は業法10条3項に違反しており無効、A10条3項が無条件で保険料値上げを許可する権限を大蔵大臣に付与するものであるなら当該規定自体が憲法に違反しており無効、B保険料値上げは金融機関経理応急措置法に反しており無効、の趣旨)が提訴され、34年7月最高裁判決により被告・明治生命が勝訴した。
 しかしながら、主に原告側の、旧憲法(27条3項)新憲法(29条2項)では、@財産権侵害は法律で定めることを規定しており法律でない処分は違憲、A業法10条3項の委任命令の規定は違憲であり、数額の限度を定めていない規定で義務を加重する命令を委任するなら同規定自体が違憲――との主張と、被告側の、@10条3項による条件変更を行わなければ保険会社は保険金支払不能となり契約者保護が図れないこと、A一連の経済非常立法と密接に関連してなされた業法10条3項の発動は当時の社会情勢を十分検討のうえ、公益・公共福祉の見地から総合的に論決されるべきもの、B処分取り消しを求める相手方は保険会社ではなく、処分庁でなければならない――といった双方の主張がかみ合わないまま、政治問題化する「憲法」論議を避けて最高裁判決に至ったと判断して良い。

                          保険アナリスト 山野井良民

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